食と音楽と文化について、書きたい。
人間の飽くなき欲望が、(これは「個」の生存を支えるあるいは「種」「類」の存在を
支える基本的な欲望とは異なる)
今や地球を滅ぼそうとしていると言っていいと思う。
「必要は発明の母」と言われる。
必要に突き動かされて、様々なものが発明され、
いわゆる科学文明が進歩してきた。
その「必要」がなんのために必要だったのか・・・・。
例えばオウム真理教が、大量虐殺のための必要性から
サリンを研究して製造したことは記憶に新しい。
ある意味できわめて漫画チックだが「バカな奴ら」と
一笑に付することが出来ない問題も抱えている。
人間史は、ある意味で、このオウム事件に象徴されるような、おぞましくも
漫画的なものの、繰り返しであったのかもしれない。
1960年代の末に、私が敬愛して止まない詩人、天沢退二郎は、
「主題に奉仕する精神を追放しよう」と書いた。
主題に奉仕する精神=目的意識を持って、化学文明を進歩させてきた精神
を地平線の彼方へ追い払おうと言うわけだ。
そういう精神から脱却した、もっと異なる地平次元から「現実を撃つ」と
天沢は続ける。
詩が何事かを何者かを語るという形で
リアリティを持ち、感動を生み出した時代は去っているのではないか。
いつまでそれにすがって、アジ・プロをやっているんだ、
このままでは地球も終わってしまうぞ、というわけだ。
(いやそこまでは語られてなかったかな。)
同じ頃、私が日本の作家の中から、最も創造的な仕事をした人を
10人挙げろと言われれば、間違えなくその中に加える作家、日野啓三は、
「虚構的時代の虚構」という文芸評論集を出した。
(つづく・・・・)